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2023/08/02弁理士ブログ

潜在知の効用

前回(3月)のこの欄で俵屋宗達の杉戸絵・白象について書いたところ、所員の一人から湯川秀樹さんが著書「天才の世界」の中で俵屋宗達について述べていると教えてもらいました。

「天才の世界」は昭和48年(1973年)に最初の巻が出た後、好評だったためか、或いは予定されていたものか、昭和50年に続編が、そして昭和54年に続々編が出て3部作となっています。湯川さんは昭和56年に亡くなられました。

全3巻で11人の天才について市川亀久彌さんという後輩が湯川さんに聞くという形式になっていますが、両人とも11人の天才についてたいへん深く勉強した後に席に臨んでおられました。そして、市川さんも湯川さんに負けない持論を展開され、聞くというよりも対談のような展開となっており、両論のぶつかり合いは全編読み応えがありました。聞かれるにしろ対談にしろ相手が目の前に居るわけですから、普通なら相手の言ったことに一応は相づちを打つものですが、湯川さんは平気で直ちに自説を通すようなところがあり、これも湯川さん自身がそうである天才の一つの素質であろうと感心させられました。

私は大学のときに湯川さんの特別講義を聴いたことがあります。量子力学の不確定性原理について、黒板に猫の絵を描きながらゆっくりと話されたのですが、眠たかったことしか覚えていません。天才の3部作を読んで湯川さんについてもっと知りたいと思い、「旅人 ある物理学者の回想」など何冊かの本を買って読みましたが、一人で考えるのは好きだが講義はそう得意ではないというようなことが書いてありました。

「旅人」には、5、6歳の頃に祖父から漢籍の素読を習い始めたことが書かれています。イヤで仕方がなかったとのことですが、江戸時代生まれの元武士に逆らえるわけもなく、四書「大学」から論語、孟子など次々と進んでいかれたようです。その歳の子どもにとって漢字の羅列は理解を超えるものであるはずですが、理解せずとも頭には入るようです。吸収力の最も大きい時代の頭脳には容易に染み込んでゆき、後年、それが大きな財産となったと書かれています。最先端の量子力学の世界で全く違う分野の漢文の潜在知がどのように役立ったのか知りたいところでしたが、それは書かれていませんでした。

最近のChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)は膨大な量の言語データを学習させたものですが、入力データの量は今後も急速に増加していくはずです。到底1人の人間が太刀打ちできる量ではありませんが、だからといって人間が学習を怠ってよいということにはなりません。人間らしい創造力(想像力)を発揮する際にも、基礎となる知識が多い人と少ない人では当然違いが出るはずです。そして、異なる分野の潜在知の、意識的・無意識的な結びつけが、人間に残された分野だろうと思います。今後とも乱読・乱見物を続けていきたいと思います。

小林 良平

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